衛宮士郎の周りには、さまざまな人がいる。
正直な話、それらの人物の中で、いわゆる『普通』の人間は極めて少ない。
何を基準として『普通』などと定義するか、それは議論の余地があるかもしれないが…
まぁ表向き、現代において普通の人間は『魔術』と呼ばれる力を行使したり
自動車も真っ青な速度で疾走したり、ビルを駆け上ってバトルしたりしないだろう。
そんな、一風変わった彼の交友関係の中で―――あまり他の面子と比べると親しい仲とは言えないかもしれないが―――今、士郎の視界に入った学友等は、その少ない『普通』のカテゴリに入るであろう。
支えあい
衛宮士郎は迷いなく、自然に視界の先へと歩いていく
人が人に関心を示さなくなったと言われて久しいこの社会
事実、あどけない華奢な少女が、両手いっぱいに荷物を抱えているというのに、彼女を助けようとする人はいない。
「大丈夫?」
彼女の近くへ行き、極力驚かせないように意識して、優しく声をかける。
「え?」
それでも、不意に声をかけられるとは思っていない彼女は、少し驚いたように、声の方向に意識を向けた。
「あ、衛宮君」
「大変だな三枝さん。買い物?……にしては荷物が多いような気がするけど……?」
そう言って、士郎は、陸上部マネージャー三枝由紀香の腕からずり落ちそうな袋を一つ抱える。
「あ…え…!?衛宮君?」
「荷物、持つよ。他のも貸してくれ」
その後『持つ』『持たない』のやり取りが少しあったものの、士郎の強い押しと、正直、由紀香自身、少しつらかったこともあり由紀香は士郎の申し出に甘えることになった。
しかし、士郎が荷物を全て持ってしまったことは、由紀香にとって予想外だった。
二人で歩く、帰り道
由紀香は、ずっと士郎を見ていた。
初め、有無を言わさず全ての荷物を持ってしまった士郎への心配で彩られていたその瞳に、やがて少しの驚きが混じり始める。
「……やっぱり、衛宮君ってオトコノコなんですね」
「え?」
呟くように、突拍子なく投げかけられた当たり前の言葉に、士郎は怪訝な表情をする。
「あ……!その、荷物を持ってる衛宮君を見て、なんとなく…私は、フラフラだったのに、衛宮君はそんなことないし」
「ああ、そういう意味か…まぁ、家は大所帯で買い物で大荷物になることも多いし、慣れてるから」
『それに、一応、俺鍛えてるし……』と言って、士郎は笑う。
「やっぱり、衛宮君はすごいです」
「だから、そんなこと……」
「だって、力持ちだし、料理も上手だし…生徒会の手伝いもしてるし、修理とかいろいろできるじゃないですか。それに、弓も上手だって聞きました」
「誰から、そんなことを」
「美綴さんです」
その回答に、士郎は納得し、苦笑する。
「私は、運動とか全然だめだし…衛宮君みたいにいろんなことできませんから」
「……そんなことないだろう、三枝さんは陸上部のマネージャーとして立派にやってるし、料理だって美味いし、弟の面倒だって見てるんだろ?俺なんかよりよっぽどすごいさ」
事実今だって、その荷物の中身は、家の買い物と陸上部の買出しがごっちゃになってる。
スポーツドリンクやら、レモンやらに混じって、育ち盛りの男の子の食欲を補う食材が入っていれば重くもなるというものだ。
「……皆が助けてくれるからです。このお買い物だって、きちんと分けて買いにいければそれが一番ですし、私は、要領が悪くて」
自分を責めるような台詞、でも由紀香の表情は少し困った色を見せただけで、笑っていた。
「でも、皆が支えてくれるから、私はお仕事ができて…だからそんな皆のためにもっともっとがんばろうって思えるんです」
それは、何の淀みもない…心からの言葉
「だから…今、身体は楽ですけど、心はちょっとつらいです」
「え?」
「衛宮君に、全部…がんばってもらっちゃってるから……」
「そんな…俺は大丈夫だから…」
「でも少し、私も持ったほうがいいです…きっと」
そう言って、由紀香は手を差し出す。
「私は、衛宮君みたいに力持ちじゃないから、はんぶんこはできないけど、私が苦しくない重さでいいですから…その分、衛宮君も苦しくなくなって…私たち、二人とも苦しくなくなって、そっちのほうがいいと思うから」
そうやって言った、由紀香の様子は、そう言うことが当たり前のように自然で、苦しみなどどこにもなくて、むしろ、全てを癒すように微笑んでいた。
参った…と士郎は思う。
そんな様子で、微笑で、そんなこと言われたら、素直に従うしかできない。
小さな袋が3つほど、由紀香の手にかけられる。
そうして二人で歩く。
袋三つ分軽くなった重みを士郎が腕に感じていると、穏やかな声で静寂は破られた。
「衛宮君、今日はありがとう」
士郎は由紀香の方を向く。
視界の先には、綺麗な横顔があった。
「あのね。たいしたことはできないかもしれないけど…何か困ったことがあったら言って下さいね」
由紀香は歩きながら言う。
横顔が、後姿へと変わる。
「何でも、一人でやっちゃう衛宮君はすごくて、でもちょっと心配で……でもね…私が勝手に思ってるだけだけど、それはきっと衛宮君がすごく優しいからだと思うんだ」
穏やかな風が吹く―――その言葉と共に、由紀香は振り向く。
「私は、そんな衛宮君を、皆が私にしてくれるみたいに、少しでも支えたいんです…だから、できることがあったら、どんな小さなことでもいいから…私を頼ってくれたら、私はきっと、嬉しいです」
そう言う由紀香は、さっき、素直に甘えるしかできなかったあの微笑で
士郎は、これまでの自分すら気にせずに、ただ穏やかに彼女の言葉に従いたいとだけ思った。
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