いつもと違う日常、彼女がいる日常、穏やかな日常

私、間桐桜の苦しみと憎しみに満ちた一日が、今終わろうとしていた。

「遅くまで、お邪魔してごめんなさい」

玄関でそう言うのは、私が通っている学校の先輩

「何で、三枝が謝るんだよ。むしろ、今日一日いろいろやってもらった俺の台詞だろ、それは」

少し困った顔で、言うのはこちらも私が通っている学校の先輩で、私が実家よりも長い時間を過ごすこの家の主

「ううん…衛宮君に恩返しするために今日来たんだもん…それなのに、お邪魔になったら意味ないし…ねぇ、衛宮君…私、今日少しでも衛宮君の役にたてたかな…?」

少し、不安げな面持ちで先輩にそう問いかける、三枝先輩

「当たり前だろ、今日は三枝にいろいろしてもらってすごく助かったよ」

三枝先輩に向く、先輩の笑顔

ああ、私の方がずっと昔から、同じようなことをしているのに…その笑顔はどうして私ではなくて、三枝先輩に向いているのですか?

いえ、私も分かっています。

先輩は、私のことも感謝してくれてるって

でも、今日一日の出来事を目の当たりにしている今の私に、そんな考えは露ほども浮かんでこないのです。







甘い他人







それはいつも通り、先輩の家を訪ねるところから始まりました。

休日の朝、訪ねる愛しいあの人の家

それはさっきも感じたように『いつも通り』のことではあるけれど

『いつも通り』に私の心は高鳴るのです。

でもその日は、いつもと少しだけ違っていました。

それは、先輩の家の門の前で困ったように立ち尽くす、三枝先輩の姿

失礼かもしれませんが、私、初めは誰だか分かりませんでした。

そして記憶を手繰り、陸上部のマネージャー、三枝由紀香先輩だと気づきます。

どうして、彼女がこんな時間に先輩の家の前にいるんだろうと、少し怪しみながら声をかけます。

三枝先輩は、急に声をかけられたことに驚きながらも答えてくれました。

「私、衛宮君にお礼をしに来たんです」

その言葉を聞いた時、私は驚いた。

いえ、私の知っている衛宮士郎という先輩を思えば、そう驚くべきことではないと分かっています。

……それでも、胸の奥で鳴り響く何かで、私は驚いた。






事情を大まかにまとめると、どうも先輩は商店街で買出しの大荷物を抱えている三枝さんの弟を助けたらしい。

先輩いわく、公園で見たことのある顔だったのでつい助けた、とのこと

その後、その弟さんは『貸しだけ作るのは、我が家の家訓に反する』と、先輩を家の中に誘い、お茶をすすめたらしい。

しかしその日、陸上部のことで三枝先輩の帰りが遅くなり、おなかを空かせている三枝先輩の弟たちを見かねた先輩は、手料理を振舞ったそうだ。

……言われてみれば、そんなような話を最近、先輩との何気ない雑談で聞いた気がします。

ただ、それが三枝先輩の身内の方だとは知りませんでした。

三枝先輩曰く、先輩にお礼がしたくて、家の家事一般を自分でやっていると有名な先輩のお手伝いに来たそうです。

そして家の前に来たところで『こんな朝早くに訪ねたらかえって迷惑になるかもしれない』と思い立ち、門の前で立ち尽くしていた、とのこと

……この時から、私にとっての苦難の一日が、その本領を発揮し始めました。







たとえば、三枝先輩が衛宮家の敷居を跨いで間もない朝

「え……?」

居間にやってくる、赤い髪の先輩

本来、ここにいないはずの人を見つけて固まります。

「あ、衛宮君、おはようございます」

微笑む三枝先輩

「三枝…え?なんでここに?」

「それは…あ、衛宮君」

三枝先輩は何かに気づいたように笑うと先輩に近づきます。

「ねぐせ、ついてますよ?」

先輩の髪に伸び、髪を撫でる三枝先輩の指

優しく微笑みかける三枝先輩

「え…あ…ごめん、直してくる」

先輩は照れたように、顔を赤くすると、あわてたように身を翻して居間を出て行きました。

そんな先輩を見て、何か微笑ましいものでも見たように

嬉しそうに微笑む三枝先輩

私はそんな朝の情景を横で見ながら

多分、微笑ましいはずのそれを『微笑ましいもの』として見れませんでした。







その後、藤村先生も訪ねてきて朝食

藤村先生も三枝先輩がいることに、驚いてらっしゃいましたが、事情を説明してどうにか落ち着きました。

姉は、今日は実家でやることがあるそうなので欠席です。

……三枝先輩は、姉さんに憧れているとの噂を小耳に挟んだことがあります。

姉さんがいれば、三枝先輩の意識が先輩からそっちに向いたかもしれないのに…まったく、肝心な時に役に立たない姉です。

ちなみに、朝食は三枝先輩のお手製です。

私も先輩も何度も手伝うと言ったのですが、その度に断られてしまいました。

言葉も優しく、やんわりと断ってくるんですが、意見は変えない。

三枝先輩は、見た目より芯のしっかりした方みたいです。

……先輩のお手伝いをするのは、私なのに……

そんな私の気持ちなど、関係ないかのように先輩と三枝先輩は私の目の前で会話しています。

「どうですか、お口に合いますか?」

「うん、すごく美味しい」

先輩の素直な賛辞

先輩は自分でも料理をしていますから、食に関して人に感想を求められた時に嘘はつきません。

「俺が習いたいぐらいだよ」

「それ、褒めすぎですよ」

恥ずかしげに頬を染めて、そこを両の手で押さえる三枝先輩

同性の私から見ても、とても可愛らしいしぐさ

「褒めすぎじゃないよ、素直にそう思う」

そんな三枝先輩を微笑ましげに見つめる先輩

…むー…なんか面白くありません。

「ほんとに、美味しいよね〜。このおひたしなんかも、ちょうどいい味加減、ん〜、ご飯がすすむよぉ」

「藤ねぇはいつもバクバク食ってるだろ」

「あ〜、そういうこと言うんだ〜。士郎も食べてみなさいな、私の言ってることの正しさが分かるから」

おひたしを箸でつまみ、それを先輩の方に差し出します。

それに先輩は反射的に箸を伸ばそうとして

「あ、ダメですよ!あ……」

それを三枝先輩の声が遮りました。

「三枝さん?」

遮った三枝先輩は、恥ずかしそうにわずかに顔を伏せていました。

「いえ、弟達に言うつもりでつい…お行儀が悪いですよって……その……」

「……?ああ、そうか。箸と箸でものを渡すのはマナー違反だっけ」

「す、すいません。人の家で差し出がましいことを……」

「いや、悪いのはこっちだよ。行儀悪かったのはほんとだし」

そんな言葉の後で『ありがとう、三枝さん』なんて、うらやましいことを言う先輩……しかも、微笑み付きで

……というか、三枝先輩と話しているとき、終始笑顔のような気がします。

どういうことでしょうか先輩

先輩は三枝先輩のような人がタイプなんでしょうか?

それとも、これが『癒し』というものなんでしょうか?

うふふ、私もずっと前から、同じようなことしてるのにな……なんか、イケナイ気持ちになってしまいそう。

「えっと、おひたしでしたね」

三枝先輩が少し恥ずかしそうにあわてながら、おひたしに箸を伸ばします。

「はい、どうぞ。衛宮君」

そして、先輩の口元に差し出されます。

その下には、空いた左手が添えられていて……といいますか、このしぐさはーーー!!?

「え、あ?三枝さん……?」

先輩、このしぐさの意味に気がついて固まっているようです。

私も、不意のことに思考が働きません。

「?」

三枝先輩はどうも自分のやっていることに意識がない様子

「衛宮君、早く食べてくれないと手にお醤油が垂れちゃいます」

……何なんでしょう。あの上目遣いは、ほんとに何の意識もなくやってるんでしょうか、アレ

「あ…あぁ、ごめん……」

先輩は顔を赤くしながら、呆けたように三枝先輩にゆっくりと近づいていきます。

「どう、ですか?」

「ん…あぁ、さっきも言っただろ、美味しいよ」

三枝先輩の笑顔が深まります。

「もっと食べますか?」

「ああ、そうだね」

自然に、そんなことを言う先輩

……何故でしょう、私はこの時、後の展開が瞬間的に浮かびました。

「分かりました」

笑顔のままで、嬉しそうに、先ほどと同じようにおひたしを先輩に差し出します。

「……っ!?」

先輩は一瞬驚いたようなしぐさを見せますが、先ほどで少しは慣れたのか、すぐにその動きに応えます。

私の下から、メキメキと小さな音が聞こえます。

見てみると、テーブルを掴んでいる私の手に力が入っていました。

二人の成り行きから始まったような『食べさせ』は、藤村先生が食事を終えて、目の前の状況に気がついて絶叫するまで続きました。







その後も、三枝先輩は衛宮家の家事を一日の間、一手に引き受けました。

私も先輩も朝の時のように、何度もお手伝いを申し出たのですが、それも朝の時と同じように三枝先輩に断られてしまいました。

しかしこの日は、働かなくてもいい日でしたが楽な日ではありませんでした。

洗濯物を干している三枝先輩の後ろで彼女に手伝いを諦めず手伝いを申し出ながら、三枝先輩と話している先輩

それは、いつしか手伝いの話から、普段のお互いの話…普段、先輩がどんなことをしているのか、とか

三枝先輩の弟の話とか

そんなことを話しています。

三枝先輩は笑顔で

先輩もそれにつられる様に穏やかに微笑んで

暗い気分の私でも……それは本当に幸せそうな、光景に見えました。

そして、そんな暗い気分なのに…三枝先輩の笑顔を見ていると、二人の間に入っていくことも何故かできませんでした。







三枝先輩は、夕食を作ってその後、お暇すると言い出しました。

ここで、場面は冒頭に繋がります……冒頭ってなんでしょう?

とにもかくにも、三枝先輩はお帰りになるそうです。

正直、ホッとしています。

「送ってくよ」

しかし、私のそんな気分を先輩の何気ない一言が打ち消してくれました。

「え?」

三枝先輩が驚いた表情で呟きます。

私も、先輩の方に振り向きます。

「もう暗くなってきてる。女の子を一人歩きさせるわけにはいかないよ」

「そ、そんな…大丈夫です。これくらいの時にお買い物に出ることもありますし」

「いいから、これくらいはさせてくれ。それに、君に何かあったら君の弟達に顔向けできないし」

先輩は少し強めな声音でそう言って、少し強引に三枝先輩の腕を取ります。

「え、衛宮君!?」

三枝先輩が驚きの声をあげます……驚きからでしょうか、頬がほんのりと染まっているようにも見えます。

「そんなわけで、ちょっと行ってくる」

今日一日、お手伝いを断られ続けた経験からか、先輩は有無を言わさずしっかりと『腕を組んで』玄関から出て行きます。

玄関が閉まります。

その音がどこか遠くで聞こえる気がします。

その代わり、自分の内から何かが溢れるのを感じます。

先ほど苦しみと憎しみに満ちた一日が終わると思ったのに、今はまだ終わらない気がしています。

少なくとも、今、暗い感情は沸々と湧いてきているのを感じます。

「うふふ……ふふ……ふふふ……」

可笑しくもないのに、笑いが漏れます。

今日一日、いろいろな意味で何もできなかった事が、黒い感情の泉のように溢れます。

……せんぱいったら『誰にでも』優しいんだから……

そんな先輩を縛るには、どうしたらいいのか分かりません。

私がどうしたいのか分かりません。

どうしたら正しいのか分かりません。

ただ、今は笑いがこぼれます。







―――クスクス笑ってゴーゴー






あとがき



まったく予定外の結果になった士郎+三枝さんSSです。(士郎x三枝さんではありません)

本来このSS、2〜3kのショートSSになる予定でした。

ところが、書いてみれば朝の部分だけで7k

その後のシーンをカットしましたが書きあがってみれば10k…三枝さんSSでこの体たらく…

今回カットした部分を今度こそショートSSとして復活させて、いつかリベンジしたいです。


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