何千の時が経っても、月と彼女の恩寵はストラウスと共に……

これから語られるのは、大きな意味のない話。

ただ、お互いを想いあう二人の、幸福な時……。







互いの時







ある屋敷のある一室

マント姿の優男が身を硬くし、息を吸っていた。

彼の名は、ローズレッド・ストラウス。

唐突だが、彼は人間ではない。

しかし、それもこの場においては当然のこと

この場は、元より人を主とする国ではない。

名を『夜の国』

夜に住まい、人をはるかに超える霊力を操り、万の時を生きる血族

ヴァンパイアとそれと人の混血、ダムピールの国である。

ストラウスはその国にあって、わずか二名の純血のヴァンパイアであり、大陸を統べる力を個人で持つほどの…まさにあらゆる才を持つヴァンパイアである。

しかし、そんな彼が、ただ部屋を訪ねるだけで身を硬くしていた。

その部屋の中に、御し難い困難があるわけではない。

そこには、ただの人間の娘が滞在しているだけだ。

しかし、それこそがこの最強のヴァンパイアの将軍にとって何より困難で

何よりも、幸福なことだった。







ストラウスは息を吐き、意を決したように、力を入れず拳を固めると、扉をノックした。

「ステラ」

そして、部屋に住まう者の名を呼び、扉を開けた。

「…ストラウス」

わずかに、驚いたステラの声

「どうかしたか、ステラ」

ストラウスがその声を敏感に聞き取り、部屋の入り口で問いかける。

「いえ、なんでもありません」

そう言って微笑むステラ。

しかし、その瞳にはすぐに眠気が混じり始めた。

ストラウスはそれだけで、事情を察し苦笑した。

同時に先ほどまでの緊張が、嘘のように抜けていくことが分かった。

「すまない、休んでいるところを邪魔してしまったな」

微笑みながら、ステラの傍らに歩を進めるストラウス。

その声音は、どこまでも穏やかで優しい。

「いえ、そんな…休んでなんかいませんよ」

「無理しなくていい、君はまだ人の身には昼夜逆転のこの国の習慣に慣れていないんだから」

「でも……」

「長命を誇るヴァンパイアの血族は気が長い、何年でもかけてゆっくり慣れていけばいい……それでステラが身体を壊しては大変だ」

ステラの肩に手を置き、身体を壊してもいないのに、本当に心配そうに言うストラウス

ステラはそんなストラウスを見て、一瞬、目を丸くすると少し笑う。

「?何か可笑しかったかな」

「いえ、前にブリジット様に似たようなことを言われたので…つい」

「ブリジットに?」

「ええ」

可笑しそうに、嬉しそうにステラは笑う。

ステラが笑うのが嬉しくて、ストラウスも微笑む。

「あ、でも」

微笑んでいたステラの表情に少し怒ったような、そんな表情が混じる。

「私にばかり構っていてはダメだって、言いましたよね」

「あ、それは……」

ストラウスは動揺したように、わずかに身を引く。

「でも、決められた仕事はきちんとやっているし……」

「そのわりに、ブリジット様の仕事が増えているようですけど」

「う……」

言葉に詰まるストラウス。

事実、彼は自らの職務を放棄しているわけではない。

多くの職務を片付けて彼はここにいる。

しかし、夜の国の大将軍の地位にいるストラウスは探せば、探すほど仕事があり、時が経つほどに仕事が溢れてくる。

そして、彼はステラと出会う前から、常に最善の仕事をしてきた。

ステラと共に時間を割く分、仕事の効率が下がるのは必然だった。

そして、その分の仕事はストラウスの義理の娘であり、最も信頼する副官であるブリジットに回っていくのだ。

「まったく…またブリジット様に怒られますよ」

「う…分かってはいるんだが……」

「きちんとブリジット様のことをもっと気にしてあげなきゃだめですよ」

「…そうかな?」

「そうですよ」

「…でも、私はステラのことが、一番気になる…どうしても、気になるんだ」

ストラウスのその言葉に、ステラの瞳が丸く開かれ、頬がほんのりと紅く染まった。

そして、少し困ったように瞳を閉じると

「もう、仕方ない人ですね」

と呟いた。

ステラは、その言葉と同時に、ストラウスが部屋を訪ねた時から座っている椅子から立ち上がると、室内を移動する。

「お茶を入れます。飲みますよね?ストラウス」

そう言うステラの表情は、明るい微笑だった。

「あ、私が用意するよ。ステラ」

「ストラウスはお客様なんですから、そこで待っていてください」

嬉しそうな微笑で、穏やかな声で、そんなことを言われては、ストラウスは何もできない。

残念な気持ちを、ほんの少しだけ抱きながら、ストラウスはステラに言われたとおりにする。

その瞳は、200年近くの時を生きてきて、初めて恋した人を捕らえて離さない。

ストラウス自身も、現金なことだとは思ったが、先ほどの残念な気持ちは、それだけで消えて

ストラウスの心は今、ステラをいとしく想う気持ちで満たされていた。







「はい、どうぞ」

ステラが紅茶の入ったカップをストラウスと自分の前に置く。

「ありがとう」

ステラの部屋で紅茶を飲むのは初めてではない。

だから、ストラウスはそれだけを言って紅茶に口をつける。

言葉は無い。

だが、辺りは穏やかで

沈黙に重苦しさはまったく無かった。

そんな時の中、ただ二人はお互いの存在を感じる。

なんでもない視線の移動の中で意識せず、お互いの姿を視界に捉える。

同じようになんとなく

「良い月ですね……」

視線が窓に移って、その奥の闇夜に浮かぶ月を捉える。

「本当だ……」

静寂に響くステラの声

その声に導かれるように、ストラウスの視線もそこに向く。

お互い、同じ場所に視線を向けて

先ほどと同じようにただ、時が流れる。

そして、いくばくかの時が流れて、また先ほどと同じように、なんとなくステラに視線が向く。

「―――……」

ただ、綺麗だと思った。

月光を浴びて、淡く照らされている恋人の姿が―――

その一瞬後、ストラウスはステラが眠っていることに気づく。

月光に照らされているステラの寝姿をまるで一枚の絵画のようだと思った。

その様は、まるでこの世のものでは無い様で

触れては、いけないものの様で

だから、だからこそストラウスは、ステラの肌に触れた。

ストラウスの指がステラの肌に触れて、それを感じて、その時ステラは眠りながら微笑んだ。

ステラの頬を撫でながら、ストラウスは思う。

彼女が愛しいと

夜の国の大将軍として、自分が成さねばならぬ責務は理解している。

それでも、ストラウスはステラ個人を想ってしまう。

外を見る。

外には変わらず、見事な月

月の光……その恩寵はステラとストラウスを包み、夜の国を包む。

その月と、光をじっと見る。

そして、ステラを見る。

その髪に、指を通す。

ストラウスは感じる、ステラがここにいることを

ならば、やること、成すこと、やりたいことは変わらない。

この国を護ろう。

夜の国の大将軍として

そして、ローズレッド・ストラウスとして

目の前の愛しい人のためにも

ステラは変わらず微笑んでいた。

ストラウスはステラにさらに近づいて、彼女の肩を抱く。

国のためにすべき事は、山のようにある。

だけど、ストラウスは月の光の下、愛しい人を感じる。

自分の護るべきものを感じるために

これからのために……

そんな想いが紡がれる国の中、月は、ただ全てを祝福していた。







これは、ただそれだけの話

―――全てが平穏だった、そのときの話







あとがき


『空の境界』SSの次が『ヴァンパイア十字界』

…何のつながりもありませんね。

…城○京先生の作品は、話が進むとこういった二次創作泣かせな展開が待っている気もしますが

まぁ、書きたくなってしまったのですからしかたありません。(爆)

…さて、次は『Fate』か『SEED』か…何になるかなぁ……。


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