非常にいい加減で女性に対して失礼なことを自覚しながらも、最近思うことがある。

男っていうのは女の子が好きで

それが綺麗で、それでいてどこか可愛さまで兼ね備えた女の子だったりしたら、男は否応なくドキリとさせられてしまうってことを






その何気ない瞬間に







たとえば、それは朝

いつも通りに専属のメイドで幼馴染の少女に起こされて着替え、下の階に降りる志貴。

いつものように、妹の秋葉に起床時間のことで嫌味を言われつつ、朝食をとるためにリビングから移動する。

すると、そこにみつ編みが特徴的な美少女がたおやかに微笑んでいたりする。

「おはようございます。志貴」

「……っ!?」

一瞬、言葉に詰まる。

「あぁ…おはよう、シオン…」

不振に思われない程度の間で言葉を返す志貴。

そして思う。

彼女がこの屋敷に住むようになってから一月以上。

部屋を移動したら不意打ちで声をかけられた程度で動揺する時はとっくに過ぎていかねばならない時期であると……。

そして志貴は、自分の不甲斐無さに心の中で嘆息する。







彼女―――シオン・エルトナム・アトラシアは、とある事件で志貴と知り合い、妹の秋葉と意気投合し、そしてこの遠野屋敷に住むようになった。

ちなみに、シオンが遠野の屋敷に留まる対価は秋葉にエーテライトを操る手ほどきをすること。

それ自体も、大きく志貴に関わってくる事柄ではあるし、その話を聞いたとき、後の苦労を想像して志貴は苦笑したものである。

しかし、シオンが遠野の屋敷に滞在すること自体が志貴の精神に大きく影響を及ぼすとは、志貴は思っていなかった。







特に意識しているわけではない。

それでも、志貴の視界はシオンを捉えていた。

休みの日の午後、遠野家一同集まってのお茶の席

志貴の視界の先にいるシオンは、秋葉と話している。

それは、秋葉の普段の様子をシオンが聞いているという何気ない会話のように思える。

しかし、その会話はシオンにとって重要なもの

半端な吸血種であるシオンは、種は違えど吸血行為を行う秋葉の何気ない行動を参考にすることで、自らの吸血種の肉体の操縦法のヒントにしようとしているのである。

あの夜、シオンと共に戦った志貴はシオンのその目的を知っている。

だから『シオンは熱心だなぁ…』なんて思いながらなんとなくシオンを見ている。

そう『なんとなく』である。

その行為は、自覚、無自覚の境界をゆれる程度に不確かな意識で行われている行為

シオンを視界に収めていることは分かっているのに、その行為の時間は志貴が自覚している以上に長い

「志貴さん、おかわりはいかがですか?」

「えっ……?」

その声に志貴の意識が横にそれる。

そこには琥珀がいつもの微笑と共に立っていた。

手には中身、外見、共に高級そうな紅茶の入ったポット

志貴が手元を見ると、紅茶の入っていたカップはいつの間にか空っぽになっていた。

「あ……」

志貴は呆けたようにそう呟くと

「その…もらえますか…琥珀さん」

少し照れたしぐさでそう言ってカップを差し出した。

「はい〜」

琥珀はそんな志貴を見て、割烹着の袖で口元を隠しながら楽しそうに微笑みながらカップに紅茶を注いだ。







シオンは、秋葉と話し終え、紅茶の味と香りを存分に楽しむと自らに当てられた自室へと戻っていった。

その時のシオンの様子も、志貴は特に意識せず追う。

そして、シオンがリビングから出て行くと秋葉は視線を志貴へと向けた。

その視線に、棘のような気配を感じ取り志貴は秋葉を見る。

「ん?どうした、秋葉」

「ずいぶんとシオンを気にしていたようですね。兄さん」

憮然とした表情で紡がれるその言葉。

普段から秋葉に何かと怒られることが多い志貴はその経験から秋葉の不満具合を感じ取り冷や汗を流す。

「え、そうかな…?」

秋葉からのプレッシャーでその表情は引きつった苦笑。

しかし、その内心はその言葉の意外性に対する驚き。

「ええ、そうですよ。それに今日に限ったことではありません」

迂闊な発言と自覚していても、もう我慢も限界と秋葉の言葉は止まらない。

「兄さんは、いつもシオンばかりを見て……」

苛立たしげに吐き捨てる秋葉。

いつもは志貴が威圧されるその声

しかし今は、さして気にならなかった。

ただ、考えていた。

『自分は、いつもシオンを見ていただろうか?』と

「まったく…私のことなんか気にもとめてくれないのに……」

だから志貴は、秋葉の声が聞こえなかった。

まして、小声で紡がれたその言葉は

志貴を見る秋葉。

その様子にさらに不機嫌が募る。

「兄さん!?聞いているんですか!!」

「え?あ…悪い、少し考え事してた」

羞恥と怒りがさらに深まり、それを示すように秋葉の顔が赤く染まり、上がっていた眉がさらに吊上がる。

聞かれたくなかった小声の言葉

しかし、聞かれなかったことに不満が募る。

それは、理不尽な怒り

長い時間志貴を想い、志貴のみを求める秋葉の、全てに理不尽な感情。

それが爆発した。







「ふぅ……」

思わずため息をついて自室のベットに腰を下ろす志貴。

秋葉の小言にかなり精神力を削られたことを自覚する。

「…まぁ、秋葉の言うとおりにできない俺が悪いんだけど……」

そんな独り言を呟いて、苦笑する志貴。

半ば、勢いで怒られていた時もあった気がするし、今日の言葉はいつもより激しかったが、志貴は部屋に戻ったこの時、そのことをさして気にしていなかった。







それよりも、志貴が気にするのは別のこと

秋葉が怒り出す引き金となるように、志貴が不覚にも呆けてしまった一言。

「シオンを気にしている…か……」

言われてみればその通りだと思う。

いつまでもシオンが一つ屋根の下にいることに慣れなかった自分

それは彼女を気にしているからに他ならないのではないだろうか……。

「でもどうして……」

自分はシオンのことを気にしているのだろうか―――?







答えは出ない。

だから、ずっと考えていた。

正確にはそればかりを考えていたわけではないだろうと、志貴自身思っていた。

でも、何も手につかないくらいシオンのことを考えていたことも事実だと思う。

だって彼女のことを考えていたら『いつの間にか』夕食が終わっていたのだから……。







志貴は、その後も上の空で夕食の席をあとにした。

思考は午後のあの時から止まったまま

答えを出すために考えているはずなのに、その思考に前進は無く

結果として、その思考に意味は無かった。







漠然と動き続ける思考。

その思考の中心にいる、一つ屋根の下にいる友人の異性。

目的も無くただなんとなく部屋に戻ろうとする道行きの途中

その思考を占めていた少女に会った瞬間

志貴の思考は、その漠然とした働きすら停止させた。







事は志貴の心情ほどに複雑ではない。

同じ家に住んでいる人に、廊下で鉢合わせた。

日常的に普通に起こるのが当たり前のこと

でも、今の志貴にはそんな当たり前のことも当てはまらなくて

ただ、呆然とするだけだった。

「志貴、今日は部屋にもう戻るのですか?」

そんな志貴の様子に気づかず、シオンは普通に志貴に声をかける。

遠野の屋敷では、この時間リビングに住人全員が集まって雑談を交わしたり、トランプ等のゲームに興じるのが普通だった。

「あ…うん、今日はなんか気分がのらなくてね」

どこかぼんやりと志貴は言う。

「……志貴?」

そこまできて、シオンは志貴の様子がおかしいことに気づく。

「どうかしたのですか?志貴」

「え…!?どうかしたって?」

「いえ、私もうまく言えないのですが……」

そこで会話は一瞬、途切れた。

「いや、大丈夫だから」

何が大丈夫なのか分からない、ぎこちない言葉と会話

ただ、志貴は困ったように苦笑してそう言った。

「そうですか」

シオンもぎこちなく、困ったようにそれだけ返した。

「……」

「……」

また途切れる会話。

「では、私はリビングに行きますから」

「あ…あぁ……」

ぎこちない会話と空気のまま、二人はそう言って、無理やりに会話を打ち切り、道を譲り交わって、そして互いに反対方向に歩き出そうとする。

「―――……」

志貴の間近をシオンが通り過ぎるその瞬間

媚薬のような、何かが志貴の鼻孔をくすぐった。

そして、触覚が触れているわけでもないのに、シオンの体温を感じた。

「あ……」

自然と、何かに耐えるような苦しげな声が志貴の声帯を震わせた。

とっさに思った『触れたい』と

その心に従って、本能のように自然に志貴の手はシオンへと伸びた。

その動きを『疑問』という名の理性がとっさに止めた。

志貴の手がシオンの腕を掴むその瞬間

『なぜ自分は彼女に触れたいのか』という疑問が、志貴の行動にブレーキをかけた。

シオンはそんな志貴の様子に気づかず、志貴から離れていく。

離れていくシオンの背中を見て、志貴は少し寂しいと感じた。

そして、その感情も疑問の種となる。

『どうして、こんなことをしているのか』

意識せずにそんな疑問が沸いて

シオンに出会ってから今までの、彼女との記憶が志貴の頭の中をグルグル、グルグル渦巻いていた。

思考が纏まらなくて

わけが分からなくて

ただ、シオンの事しか考えられない。

志貴には、住んでいる屋敷の中にいて、自分がどうやって自室に帰ってきたかすら分からなかった。







部屋の中に入り、扉を閉める。

扉が閉まる音が妙に大きく志貴の耳に響いた。

「……っ」

扉に背を預けて、顔を手で覆う。

「熱いな……」

手に伝わる熱に浮かされたように呟く。

どうしようも赤くなって、あまりもシオンの事しか考えられなくて

「どうしろってんだ……こんなの……」

そんな独り言を呟いて、ベットに倒れこんだ。

ただ、そのキモチと熱いカラダがあまりにもどうしようもなかったから

自分はシオンがこの屋敷にいることに慣れないんじゃなくて

「俺は…シオンが何か『特別』みたいだ……」

それだけは、分かった。




あとがき

自分のHPを持つにあたって、書き下ろし一作目です。
最近、自分的に何故か株が上がっているシオンのSSで、よくあるシオン→志貴な構図ではなく志貴がシオンを意識するというのをやってみたんですが…
なんか微妙というか、テンポが悪いSSとなってしまいました。
このままで終わるのも悔しいし、シオンSSはもっと書きたいので、短編といいつつ、このSSの設定で続きを書くかもしれません。


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