何気ない約束





執務官の休息







クロノ・ハラオウン

若干14歳で時空管理局執務官という役職につき

平均をはるかに超えた成果を挙げ続ける少年

その成果は、あらゆる時での彼の自身に対する厳しさに裏づけされている。

そして、今も彼は休むことなく執務に追われていた。

単純なデスクワーク

しかし、終わりの見えない作業

その作業を始めて、どれくらいの時が経ったか、その感覚が麻痺してきたころ、彼しかいない執務室のドアがノックされた。

「どうぞ」

執務机から目を離さず、それだけ答えるクロノ

「おじゃまします」

空気音のような開閉音と共に、普段よく聞く、明るい声

「なのは?」

その訪問者に、クロノは少し驚いた声を出す。

「どうしたんだ?何かあったのか」

なのはが訪ねて来たのは、何か不測の事態でも起こったためと思っているようだ。

その言葉になのはは、一瞬、彼の言葉の意図が分からずキョトンとする。

「たぶん、クロノ君の思っているようなことはないよ」

その後、なのはは少し困ったように笑った。

「それとも、やっぱりお邪魔だった?」

その言葉に、クロノは少しあわてたように言う。

「いや…そんなことはないが…今日はどうしてアースラに?」

「お仕事の報告、今済ませてきたところ」

「ああ、そうか…しかし、仕事が終わったのなら早く帰ればいいんじゃないか?どうして僕のところに」

その言葉に、なのはは今度こそ困った顔をする。

「それ、クロノ君も多分一緒だよ」

「え?」

「フェイトちゃんが心配してたよ。クロノ君は仕事ばっかりだって、このままじゃ身体を壊すんじゃないかって」

「フェイトが?」

クロノはなのはの親友で、近いうちに義妹になる予定の少女を思い浮かべる。

同時になのははクロノの机に山と積まれた書類を見る。

「…私もそう思う」

なのはに似合わない、影のある声

その声にクロノは顔を上げる。

陰りのあるその表情

「な、のは……?」

その表情にクロノの声と胸は詰まる。

「……そんな顔しないでくれ、僕は大丈夫だよ」

自然に、クロノはそう答える。

でも、なのははそのクロノの答えに、なのはの表情は晴れない。

クロノはその表情を見て、何故か悲しくなった。

そんな表情は、なのはに似合わないと、そう思う。

「……クロノ君、休憩しよ」

そう言って、なのはは手に持っていた箱を差し出す。

「これは?」

「翠屋で出してるケーキだよ。クロノ君におみやげ」

なのはは笑う。

「僕に……?」

「うん」

「どうして?」

「えっと、疲れている時には甘いものがいいって、聞いたから」

クロノには言葉を失うほどにその一言が意外で

「……ごめん」

申し訳なくて

「どうして謝るの?」

でも、なんだか嬉しかった。

「フェイトだけじゃなくて、君にもずいぶん心配させてしまったようだから」

その言葉をなのはは一瞬否定しそうになって

「……うん、そうかも」

その後、逆に肯定して、二人で笑いあう。

「……休憩にしよう」

先ほどのなのはと同じ言葉を言って、机の上を片付けはじめるクロノ

「うん、じゃあその間に私、お茶入れてるね」

なのはは、ほとんど使われることのない簡易キッチンへと歩いていく。

クロノは、執務机を片付けながら、その後ろ姿をなんとなく見つめていた。







なのはが戻ってくるのを待って、箱を開ける。

中には、ケーキが数個

フルーツが乗ったものから、シンプルなショートケーキ、カカオの香りたつチョコレートケーキ等さまざまなものがあった。

クロノはその中から一つを取る。

なのはも当然取るものと思っていたが、彼女の手は伸びない。

「なのは?」

「なぁに?」

「いや…君は食べないのかな、と思って」

「これ、クロノ君のだもん。私は、これで十分」

そう言って、なのはは自分の淹れた紅茶に口をつける。

「だが…正直、これだけの量を僕一人では食べきれない。時間が経つと味が落ちてしまうし」

クロノはなのはを真っ直ぐに見る。

「一緒に食べよう。多分、その方が僕も楽しい」

「いいの?」

「もちろん、こういったことは、君の方が分かると思ってるけど」

クロノが微笑む。

「じゃあ、遠慮なくいただきます」

なのははケーキに手を伸ばす。

クロノはそんななのはを見て、微笑んだ。







「やっぱり、翠屋のケーキは美味しいな」

お茶に砂糖を入れるという、その点において人外の味覚を持つ人を母に持つクロノだが、彼自身は甘いものがとくに好きという訳ではない。

だが、翠屋のケーキはそんなこと関係なく気に入っていた。

やわらかいスポンジ、はっきりしていて、それでいてしつこくない甘み

素人の味覚でも、作ったパテェシエの腕の良さが分かる。

「ありがとう」

なのはは微笑む、その言葉がまるで自分のことのように嬉しくて

そんな、なのはを見て、クロノも微笑む。

そして、クロノの微笑みが、なのはの微笑みをさらに深くさせる。

それは、幸せな連鎖反応

「あのね、クロノ君……」

自然と会話も弾む。

いろいろなことを話す。

学校でのこと、家族との何気ない出来事

共通の大切な人であるフェイトの話

尤も、クロノは仕事の虫で日常的なエピソードが少ないせいで専ら聞き手に回っていた。

そして、そんなふうに話を聞きながら、クロノはなのはを見つめていた。

話す彼女は嬉しそうに、楽しそうに、しかし、さまざまな表情を見せていた。

戦いの時は、力強い意志をたたえた瞳、それが作り出す頼もしい表情

そんな彼女はすごいと、クロノは思う。

しかし、今の年相応の表情の彼女もまた魅力的だと思う。

異性をそんなふうに魅力的に思う意味など深く考えず、ただ、自然に素直にそう思った。

そんな、穏やかで心躍る時間は早く過ぎていく。

「そろそろ、仕事に戻らないと」

ケーキも紅茶も飲み終えて、クロノは少し名残惜しそうに苦笑しながらそう言った。

「あ……」

なのはが時計を見る。

その表情が少し、曇った。

それを、クロノは惜しいと思う。

なのはのさっきまでのような表情をもっと見たいと思う。

それでも、やるべきことはやらなくてはいけない。

「お暇するね」

「うん」

どうすれば、彼女を笑顔にできるのだろう。

「クロノ君」

「何?なのは」

「無茶しないでね」

それで、彼女がなぜここに足を運んでくれたかを思い出す。

「休むときは、しっかり休まないとだめだよ」

「ああ、そうだな。ありがとう」

彼女の心配に感謝で返す。

それでも、なのはの表情は心配そうで

「今度、有給を取ろうと思う…それで、君の都合に合わせるから、よければ一緒に過ごさないか?」

ほとんど咄嗟にこんな言葉が出た。

「え?」

驚いた顔をするなのは

「いや、君がよければでいいんだ…ごめん、急なことを言っているのは、分かっているのだが……」

「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ」

なのははあわてた様子で首を横に振る。

「ただ、少しびっくりしただけ」

「そうか…それで、よければ君の都合を教えてほしいのだが…」

「学校がお休みの日なら、しばらくは大丈夫だよ」

嬉しそうな、楽しそうななのはの微笑み

先ほどと同じような、年相応の少女の微笑み

「そうか」

クロノは、それに自然に満足げな表情を浮かべた。







なのはが退室した後

クロノは先ほどよりも、精力的にデスクワークを片付けていった。

先ほどの約束を守るためである。

クロノは有給を使ったことがほとんどなく、完全な私用で使ったことなどゼロに等しかった。

普通にある休日すら、返上して仕事をするような少年である、ある意味でそれは必然であるとすら言えるかもしれない。

そんな理由から、有給はたまりにたまっている。

しかし、だからと言って、仕事を溜めたまま易々と休みを取るわけにはいかない。

執務官という役職の人間が、仕事を溜めると言うことは、その仕事に関係する他の職員の仕事が滞るということでもあるのだから

クロノはそう考え、休日の予定分の仕事まで目処を付けようとしていた。

彼のそんなところこそ、なのは、フェイトを初め、彼を心配している事柄そのものであり

実は、彼の普段からの仕事量だけで彼が休むとしている一日は、滞りなく仕事が回るのだが、彼は自然に

意識するまでもなく当然のように、その姿勢を崩さない。

ただ、そのデスクワークを進める手は軽やかだった。

普段から、特に苦だと思っているつもりはないが、それでも、なのはと過ごす休日を思うと仕事の効率を上げてこなしても疲れない。

それで、クロノはふと思う。

正直、場当たり的にしてしまった約束だったが、自分はそれをすごく楽しみにしているのだと

その日に、なのはは先ほどのような自然な…しかし、僕の知らない普段の彼女を見せてくれるだろうかと

自然と心が躍るのを、自分で感じる。

普段、まったく取らない、休むだけで『楽しみ方』も正直浮かばないまだ日付も分からない休日がひどく待ち遠しかった。







後日、クロノが有給を申請したことで管理局内でちょっとした騒ぎになり

その休日をなのはと過ごすと、彼が何の意図も下心もなくもらしたところ

『ちょっとした騒ぎ』が『大騒動』に発展したのは別の話である。





あとがき


ようやく、書けました。

リリカルなのはSS

しかし、内容が薄い気がします……。

もっと内容を濃くするか、執筆速度を速めるかしなくては……。
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