部屋に寝転がって、目を閉じていた。

そこは、あてがわれて間もない、馴染みというものもない。

目にしたこともあまりないような和室

でも、そこは穏やかだった。

目を閉じただけで、感じることができるほどに……

それは、まるでその屋敷の主の望みそのままに







貴方が歪すぎるから







なんとなく浮かんだその主の姿を求めて、居間へ移動する。

「あれ、カレンどうしたんだ?」

「貴方がどうしているのかと思いまして」

カレンは事も無げに言う。

彼女にとって隠すことでもない。

「え……」

対して、そう言われた者は、くつろいで飲んでいたお茶が入った湯飲みの存在を一瞬忘れる程度には驚いた。

「あら、ずいぶんと驚くのね。同居人を気にかけることがそんなにおかしいかしら?衛宮士郎」

その問いかけに衛宮士郎は一瞬熟考し

「……いや、別におかしくはないな」

と返した。

ただ、あんたが俺を気にするなんて、違和感を感じるんだと言ったら、蔑むような目で睨まれるのだろうと士郎は思う。

尤も、それは彼の勝手な思い込みで

カレン・オルテンシアにとって彼ほど、気になってしまう存在はいなかった。

もちろんそこには、甘やかな理由など存在しない。

彼が歪すぎるから、嗜虐をそそられて

彼が歪すぎるから、シスターとしても気にかけてしまう

ただ、それだけ

尤も、シスターとしてカレンは士郎に何もできない。

だって、シスターは救いを求める子羊を救う者

衛宮士郎は、誰かを助けることはあっても、自身を助けることはしないから

それを思って、カレンは表には出さず、しかし少しだけ不機嫌になった。

「カレンもお茶飲むか?」

「そうですね…いただきます」

そう言って、士郎はカレンの飲むお茶を淹れる。

カレンはそれを受け取って、一口、口をつける。

『ほぅ』と自然に息が出た。

士郎がそれを見て微笑む。

「どうかしましたか?」

「いや…美味しそうに飲むな…と思ってさ」

「そうですね…こういったものは、この国に来てからはじめて口にしたのですが…悪くありません……」

その言葉と共にカレンは瞳を閉じる。

先ほど感じた穏やかさと、同じものがこの場所にもあって

それを感じて

それも含めて、悪くないとカレンは思った。

「衛宮士郎」

「ん、何?」

同時に、この穏やかさはカレン・オルテンシアには『毒』かもしれないと思う。

「貴方はここが好きですか?」

だって、こんな答えの分かっている愚問コトを聞いてしまうのだから

「え……」

士郎は『何故そんなことを聞くのか』と、そんなような顔をして

「まぁ、自分の家だし、好きだよ」

と答えた。

それは、確かにそうだろう。

カレンが思ったように

ここは、穏やかで

皆がいて

それは、衛宮士郎の望みそのままだから

でも……とカレンは思う。

彼女は横にいる彼を見る。

その表情は穏やかで危うさも歪さも見えない。

そう見える。

「……」

カレンの視線が移動する。

その視線は、土蔵のある方向に向いていた。

「どうした?カレン」

急に宙をさまよいだしたカレンの視線に気づいて、士郎が声をかける。

カレンの視線がその声に士郎へ向いた。

彼は、カレンを気遣う視線をカレンに向けていた。

それが、当たり前のように、自然にそうしていた。

その視線に―――手を差し伸べたくなった―――。

「カレン?」

その言葉に、手を動かす前に手は止まる。

「何でも、ありません」

そう言って、カレンは目をそらす。

「そうか?」

士郎は怪訝な表情のまま、しかし、それ以上の追求をしなかった。

それを最後に、時は穏やかに過ぎていった。







その日は月さえ出ていないかのような闇夜だった。

カレンはその闇の中、空を見上げる。

月は、そこに輝いていた。

しかし、そこにいる人々は、眠りにつき、穏やかささえ眠っているかのような静寂がそこにあった。

静かだと、カレンは思う。

自分には、関わりの薄いことのはずなのに『何か』が心を燻った。

これは…『悲しい』とでもいう類の想いだろうか…と自分の心情を分析して、薄く笑った。

何も知らない、ここに来て間もない自分が、何を想っているのだろうと

そんなことを思いながら、カレンの足は動く。

まるで、何かに引き寄せられるように

その場所は、この空間、屋敷の中心である少年の『昔から』の修練場

彼の者の工房

庭に立ち、少年の姿を見る。

彼は、修練をしていた。

それは、彼が一人になったときからの彼の習慣

誰が、言ったわけでもないのに、自らに課した使命

剣の英霊と行うものとは違う、ただ、独りきりの苦行

でも、それは彼にとっては当たり前のこと

優しい人なら、止めるだろう。

優しくて、彼を知っている人なら支えるだろう。

でも、ここにいるのは、ただのシスター

自分のできることに意味を見い出し

そのできる範囲で救い

助けを求める者を導く。

ただのシスター

そして彼は、こんなにも歪で、静かな闇の中、どこを目指しているのか分かるけど、分かりたくないほど異質で

ここを好きだと言ったのに、自分自身はそこを目指していない人

それなのに、彼にこの身体は何も示さない。

悪魔より歪と、そんなことさえ思うのに、何も示さない。

そして、彼は皆がいる幸せを何よりも望むのに

自分は『独り』で、助けも求めず別の場所へ行ってしまうから、導くこともできない。

「駄犬……」

カレンは、意図せず呟く。

本当に、どうしようもないと、彼を見たまま彼を罵る。

しかし、彼女をもってしても、今の彼を見ていると、ほかのどの彼より腹立たしいのに…それ以上言えなかった。







士郎の修練が終わって、彼はそのままその場で眠りについた。

カレンは、そんな士郎をただずっと見ていた。

そして、彼の意識が落ちると、彼に近づいた。

どうして、こんなことをするのかカレンは分からない。

彼の習慣は知っていた。

そして、ここに一時とはいえ、住むことになり彼の修練を目にしたときから

彼女は毎日でないにしろ気が向くとここに来る。

それ自体も、行動の意味が分からなかったが

このあとはもっと意味不明だった。

カレンは、士郎に近づいて

床に寝転がっている彼の頭の下に膝を通す。

カレン・オルテンシアは彼に触れたいのだろうか。

ありえない

そんなことをする理由などないから

確かに、彼のあり方を見たときに、彼に触れたら悪魔が出るのではないかと、思うことはあった。

でも、その結果はすでに知っている。

だから、それはありえない。

カレン・オルテンシアは彼を慈しみたいのだろうか。

それも、ありえない。

だって、何度も記すように彼は、彼女に救いを求めてはいない。

だけど、ありえないはずなのに、事実カレンの今の行動は士郎を慈しんでいた。

もう何度かやっていることなのに、何故こんなことをしているのか、はっきりと答えは出ない。

「ありえないことですね、本当に」

でも、カレンはその行動自体は認めていた。

深いところは、まだ分からないけれど

今、この時カレンは士郎を慈しんでいた。

「愚かな人……」

カレンは、偽りなく思うままに、一言士郎を罵って、そのまま彼を慈しみ続けた……。







あとがき


カレンSSです。

と言っても、コンセプトが前に書いたSSと似通ってしまいました。

あえて言うなら、前書いたのが士郎⇔カレンで双方向な感情の発露なら

今回は士郎←カレンで単方向っぽく書いたつもりです。

カレンのキャラが少し変わってしまったような気もしますが(苦笑)

突発で書いたものですので、至らないところはどうか、平にご容赦を……


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