互いを歪だと思い、一人は許せず、一人は愚かと断ずる―――そして、互いを気にかける

目を覚ます。

場所は自分―――衛宮士郎の部屋

「やばい…寝過ごしたかな」

いつもと変わらない一日の始まり

「桜、朝飯作っちゃったかな……」

そんな日常の一部となった言葉を呟きながら、何かが引っかかる。

何かを忘れている。

しかし、それを思い出したくないような……

「あら、早いのですね」

寝起きのぼんやりした頭で廊下を歩いていた士郎の前に、忘れていた―――忘れようとしていた一端が不敵な笑みを浮かべて立っていた。







幻想の言霊、現実の日々







目の前には、この町の教会の新しい司祭であるカレン。

彼女を目にすると同時に蓋をあける、パンドラの箱のごとき昨日の記憶―――

増える二人の住人

それに咆哮する虎

しかし、冷静さを欠いた虎は狡猾な悪魔の敵ではなく

やり場の無い虎の怒りは、生贄にのみ降り注いだ―――。

…言ってしまうと、昨日一悶着あり、バゼットとカレンがこの衛宮の屋敷に一時住むことになったのではあるが

それに、当然のごとく士郎の保護者を自称する大河が反対したのである。

しかし、あの遠坂凛も舌をまく、カレンの言葉のマジックと理論武装の前に理性無き虎は抗うすべをもたなかった。

そこで、終われば、藤ねぇ的に納得がいかない部分はあれど、バゼット、カレンの短期衛宮家滞在が許され終わるはずだった。

だが、大河自身『某ラブでひなってる元温泉旅館で女子寮な施設』とタメがはれると公言してはばからない現在の衛宮家

そこに、二人の女性が増えるということは、予想以上に我慢の出来ないことだったらしい。

カレンにやりこめられた後、やり場の無い感情が爆発したのか、虎は士郎を唐突にそのタイガークローの餌食にし、彼の意識を遮断するに至ったのである。







そのあまりに恐ろしく、馬鹿馬鹿しい記憶に士郎は身震いをする。

「あら、まだ寝ているの?」

「……そうかもしれない」

逃避にも似た回想の後、目の前のシスターの声に答える。

……いっそ、これも夢だったらよかったかもしれないと思う士郎。

「悪い、言うとおり少し意識が飛んでいたみたいだ」

「あら、そう…器用なのね、貴方」

短い言葉

しかし、そういうカレンの瞳は愉快そうな流し目で士郎を捉えている。

士郎はその瞳に、気圧されると共に、わずかにムッとする。

「ああ、あんたのおかげでな」

それだけを返して、居間へと移動する。

奥のキッチンに人影は無い。

間に合ったことに安堵して―――ついでに、後ろのヤツを無視して―――衛宮士郎は朝食の準備を開始した。







「……」

辺りに包丁の音が響く。

それだけが響く。

まるで、それを扱う者以外に何者もいないかのように……

「……」

しかし、事実は異なる。

「なぁ…アンタ何やってんの?」

士郎の背後には無言で…しかしはっきりと存在している気配と視線

「いえ、この国の食材の扱い方に興味があったもので…それにしても、たいしたものですね」

皮肉も何もない、純粋な感嘆

「何が?」

それに、内心少しの驚きを感じながら、平静を装って士郎は言葉を返す。

「あなたの手際です……まったく、貴方はもっと雑だと思っていましたが、少し考えを改めなければいけないかもしれませんね」

「そりゃどうも…しかし、俺の手際なんて見てどうすんだ?」

「この国の食材の扱い方に興味がありましたので」

カレンは歌うように自然に言う。

それは、つまり和食等の作り方に興味があるということだろうか…とそこまで、思ったところで、その思考は当然といえるところに行き着く。

「……あのさ、一つ聞いてもいいか?」

「答えられることであれば、答えます」

その言葉に、士郎は手を止めずにカレンの方を向き

「あんたさ、料理できるのか?」

と心底意外そうに呟いた。

「…それはどういう意味でしょうか」

一瞬だけ、不満そうな…拗ねたような表情を見せるカレン

「どういう意味も何も…そのまんまなんだが……」

士郎がそう言うと、カレンは不機嫌そうに

「……自分の身の回りの管理ぐらい出来ます…私がいたのはそういう所ですから」

「ああ……」

カレンの言葉に、そうだったと士郎は思う。

こいつが居たのはそういう場所

何物からも離されて

その中だけで全てを補う、閉じた世界

そんなことを、ふと思って

そんな言葉が頭に浮かんで

―――何故、そんなことを思うのかと、不思議に思った。







先ほどと同じように、言葉は無く、音だけが辺りに響く。

カレンの不満そうな言葉と、虚像のごとく小さく、消えそうな士郎の呟きを最後に、会話は無い。

あるのは、互いの気配と、絡む視線

「ねぇ、今日は貴方のお仕事は無いのでしょう?」

それを破ったのはカレン

「……?学校のことか、それなら確かに休みだけど」

どうしてそんなことを聞くのかと、士郎が視線でカレンに問う。

カレンは、面妖な…『悪魔のような』視線でそれを受け流し

「……ねぇ、それなら今日一日、貴方と一緒にいてもいいかしら?」

そんな言葉を呟いた。

「……は……?」

士郎は、その幻聴のような音の響きに、間抜けな声を出すしか出来なかった。







休みの日という事実など関係なく

いつも通りの早く、規則正しい朝食を終えた後

士郎は家事に手を付け始める

朝方の空気の冷たさはあるが、空には輝く太陽

まさに絶好の洗濯日和

家事という仕事をしているはずなのに、楽しく、すがすがしくなるようなそんな陽気の中で

士郎は、カレンと共に洗濯物を庭に干していた。

ちなみに、ライダーはバイト、セイバーは商店街に散歩、桜と大河は部活、バゼットはこの屋敷を出てからの住まい探し、凛はバゼットの手伝い

これら諸々の理由で、今、屋敷にはこの二人しかいなかった。

「………」

前述したように、洗濯を干すなら、ロケーションは最高である。

しかし、隣にいる存在が士郎にその空気を感じさせない。

「なぁ、朝といい、今といい、アンタ何してるんだ……」

空気と沈黙に耐えられず、士郎が口を開く。

「朝はあなたの料理を見ていたし、今は洗った衣服を干しているのだけど」

―――違う、いや、確かにそうなのだが、問いたいのはそういうことではなく

「何で、そんなことするんだ」

「ここでの仕事を覚えようと思いまして」

その答えに、士郎はカレンの方を見る。

その表情は迷いも何も無く、落ち着いていて

―――まるであの荘厳なオルガンの音が聴こえてきそうで―――。

その表情をどこかで、見たような気がした。

「ここでの雑務を主に行っているのは、貴方のようですから」

家事と言わず雑務と言い、声音はそこを殊更強調する。

表情には不敵な笑み、家主でありながら、あらゆることに追われる士郎を言外に攻撃するそのしぐさ

士郎は、それに気がつくが、あえてスルーする。

ここで乗ってはカレンの思うツボだし、それよりも気になることがあった。

「仕事を覚えるって、どうして?」

「それの意味は、自ずと見えているのではない、衛宮士郎」

確かに、普通に考えれば、そんなことをして行うことは察しがつく。

しかし、士郎にとってその事柄は、目の前の少女とはどうしても重ならなかった。

「……貴方が、何を思っているか知りませんが」

カレンは半眼で士郎を見据える。

「奉仕するのは、私の仕事です」

「―――……」

先ほどの言葉が当てはまらなかったように、士郎にとってその言葉もカレンのイメージに当てはまらない。

しかし、その一言で何故か、それ以上追求する気が失せてしまった。

「ここにいる間、怠惰に過ごすのも、私には退屈ですし……」

そんな士郎の心情を知らず、カレンは静かに語り続ける。

そんなカレンの言葉など、士郎の耳には聴こえないも同然で

―――何故か、カレンの腕から除く包帯が妙に目に付いた。







士郎は居間で横にしていた身体を起こす。

「どこに行くのですか?」

「買い物だよ」

短く、カレンの言葉に答える。

実のところ、この行動の裏には、カレンの視線に耐えられなかったという理由があった。

カレンは自身の言葉を示すように、洗濯を終えても、ずっと士郎と共にいて、彼を見ていた。

士郎の彼女に対するイメージと言っても過言ではない、毒舌を発することもなく、ただじっと士郎の動向を観察するように見つめてくる。

その視線の中、士郎はいつぞやのランサーの言葉を思い出し、その言葉に内心で激しく同意していたりした。

確かに、あれは苦手にもなるだろう…と

しかし、実はカレンの視線から逃れようとするこの行動もあまり意味がないであろう事も士郎は分かっていたりした。

「来るんだろ?」

「ええ、ご迷惑でなければ」

「ご迷惑でもついてくるだろ、アンタ、変なとこで我が強いから」

それだけを言って、士郎は歩き出す。

カレンもその後をついていく。

「……アンタ……シスター服で行く気か?」

「ええ、何か問題が?」

手を組み、目を閉じるカレン。

自分がシスターであることを主張するように

士郎はそんな仕草のカレンを見ながら

シスター云々じゃなくて、そのカソックと『あの服』以外持ってないんじゃないかと心の中で毒ついて

自分はカソック姿のカレンしか見たことが無いはずなのに『あの服』とはなんだろうと、思って

どこかで、見たことのある服に身を包んだカレンが、頭に浮かんだ。

「……!?」

覚えの無い、思考ノイズに頭を振る。

「行かないのですか?」

カレンの声に思考ノイズが晴れる。

「あ…ああ、ごめん、ボーッっとしてたみたいだ」

そう答えて、外へ向かう。

何が頭によぎったかは、まさに白昼夢のごとく霧散してもう覚えていなかった。

それなのに、士郎の中で『何か』が気になって、違和感として残っていた。

なれない同行者はいるものの、いつも通り毎日やっている町への外出

そのはずなのに、その同行者がどうしても視界に移る。

横目で、彼女を見てしまう。

でも、それが何故かは、はっきりと分からなくて、ただ、違和感として士郎の中にあった。







心に張り付いた違和感が、士郎を無言にさせる。

ただ、それは元より真昼の夢のようなモノ

商店街に着くころには、いつしか霧散していた。

そして、商店街の入り口で士郎はカレンがわずかに憮然とした表情をしていることに気づいた。

「……?」

そんなカレンを不思議に思い、視線を向ける。

その士郎の視線に気づくと、カレンは

「貴方は、私といるときはいつも、不機嫌そうですね」

拗ねたようにそう言った。

その言葉に士郎は驚く。

「不機嫌なのはアンタだろ」

「そうでしょうか」

カレンはいまだに拗ねたまま

「そうだよ」

そこまで話して、カレンのカソックが士郎の目に入る。

「あ……」

出かけるときに、頭を痛めた事柄を思い出して、不意に、周りの視線が気になりだした。

「……?どうしたのですか?急にソワソワしだして」

「いや、あんたの格好…出かける時も思ったんだが、顔の知られてる場所でそんな服装の外人と歩いてたらどんな風に思われるかを考えるとさ…」

「そのようなことは大事ではないでしょう」

「いや、あんた他人事みたいに……」

士郎が頭痛に耐えるようにそう言うと、カレンは楽しげに微笑んで…流し目で士郎を見上げて

「あれだけ、異性が出入りしている屋敷の家主なのですから、この程度のことはいまさらでしょう」

「うっ……」

士郎は思わず呻いて、言葉に詰まる。

「まったく、優柔不断というか、情けないというか……不能ですか、あなたは」

「ちょっと待て!往来で何を言ってるか、そこのシスター!?というか、その流れでどうしてそんな言葉が出てくる!?」

「……それすらも分かりませんか?不能の上に、愚鈍とは、悔い改めるべきだと思いますよ衛宮士郎」

「……あんたこそシスターとして悔い改めるべきなんじゃないのか……」

士郎のその呟きを無視するように、カレンは商店街に入っていく。

「……」

士郎は納得がいかない思いがありつつも、その後を追うしか出来なかった。







商店街を歩く。

視線さえ気にしなければ、同行者がいなければ、いつもと同じ道程

士郎が感じている視線は、カレンの衣装に対する過剰な意識によるところもあったが、士郎本人が思うほどではないにしろ

カレンのカソックは商店街では浮いていたし、人目を引いていた。

しかし、それを着ている本人はまったく気にした様子は無い。

堂々としたその立ち振る舞いは服装とあいまって一種、神々しさのような気迫さえ感じさせる

士郎はそんな様子のカレンを見て

確かに、あれだけを見ているとシスターに見えないことも無いか…と先ほどの言葉とは逆のことを思う。

ただ、それは彼女が無言の今の話で

口を開けば、興味のある他人をチクチクと言葉で攻める擬似シスターなのではあるが

ただ、それはともかく

今のカレンの様子を見ていると、彼女ではない他人が彼女の姿を気にしているのが可笑しくなってきて

彼女の望みのままに、いつも通りにここでするべきことを済ませようと、そんな気分になった。

しかし―――確かにそんな気分になっているのに、違和感ももう消えているのに、カレンの服の袖から覗く白い、傷を癒し隠す包帯だけは、変わらず目に付いた。







「よっと」

腕に下げていて、自然と落ち始めた買い物袋を下げたまま力を入れて腕の上に上げる。

「持ちましょうか」

「いいよ」

他人ひとの好意は素直に受けるものですよ」

呆れたようにカレンは言う。

「好意と言うのなら、少しはそれらしい素振りを見せるべきだと思うんだが…それに、これぐらいはいつものことだから、大丈夫だよ」

「そうですか…」

拗ねたようなしぐさを見せるカレン

士郎はそんなカレンを見て、困ったような表情をすると、再び彼女に捲かれた包帯を視界に収めて、表情を引き締めた―――。

「アンタは?」

「えっ!?」

「アンタは何かしてほしいこと無い?」

「ここでの仕事を教えてほしいと、言ったと思いますが」

「仕事をしたいっていうのは、シスターとして過ごしてきたアンタの癖っていうか…やってないと落ち着かないっていうか、そういうもんだろ?」

士郎はカレンを見つめる。

カレンも士郎を見返す。

「だからさ、アンタが今、奉仕とかじゃなくてやりたいことないか?」

その言葉を聴いて、カレンがキョトンとした表情を見せる。

少し、驚いているようにも見えるその表情を士郎は見つめ続ける。

「知っていたつもりでしたが…貴方、変わっていますね」

「え……」

予想外の言葉に今度は士郎が驚いた表情になる。

「勝手に貴方に付きまとっている私に、そんなことを言ってくれるのだから」

その言葉に、自覚があったのかと、士郎は思う。

「……個人的には、その『やりたいこと』に関しては言葉を返したいところですが…不毛になりそうなので止めておきます」

『貴方は我が強いですから』なんて、呆れたように……それでいて皮肉のように、カレンは呟く。

「それと、貴方は納得できていないようですが、私は今の自分の在り方に納得していますよ」

横目でカレンの金色の瞳が士郎を射抜く。

士郎はその言葉に何故か驚きは無かった…ただ…

「それでも、納得できない…という顔ですね」

呆れたようにカレンは呟く。

『我慢できない人ですね』と

「アンタはそれでいいのか?」

ぶっきらぼうな士郎の言葉

何故かそれでも言いたいことは全て通じると感じた。

「そう言っています…そうですね、初めはどうだったかもう覚えていませんが…今でははっきり分かりますから…

辛くはあるかもしれませんが、私に出来ることで、私にしか出来ないこともあって、それで救われる人がいるのですから……」

祈るように、当然のように、カレンは言う。

それが何故か、イラついて…また包帯キズを瞳に収めてしまう。

「…ここで、少し休みましょうか」

唐突なカレンの言葉にキズを見ていた士郎の視線が上がる。

見ると、いつの間にか、商店街近くの小さな公園に来ていた。

雑談をしながら、歩いていたらこんなところまで来ていたらしい

こいつが『休む』なんて言うとは珍しい…なんて、そんな思考が士郎の頭にふと浮かんで

何故か、少しホッとした。

カレンの提案に従って、公園に入りカレンと士郎はベンチに腰掛ける。

すると、辺りはまた無言となった。

今日は無言と言い合いをずっと続けているような気がする…と、意味もなく士郎は思う。

「私は、私のするべきことを成す事、自分のできることを伸ばす事もしっかりと意義を見出しているつもりなのですが…」

カレンが、不意に、困ったような…拗ねたような声音で無言を破る。

「でも、貴方は不満でしょう……?」

面白がるような半眼が士郎に向けられる。

「一つ思いつきました…。貴方が気に入りそうな理由が……」

そう言って修道女は笑う。

その微笑みと視線の先を士郎は追う。

眼前に広がるのは、なんでもない…しかし、どこまでも続く蒼天

「ここが知りたいです」

「え……?」

「この街の…ここで起こる事に興味があります」

「聖杯戦争中でもないし、アンタが面白がるようなことなんてないかもしれないぞ」

「……貴方は私を何だと思っているのです……?そんなに悪趣味な人間に見えますか?」

「……!?」

ただ、驚いた。

その言葉が衛宮士郎にとってあまりにも予想外だったから

「いや、事実悪趣味だろ。アンタ」

なんて、思ったことを包み隠さず口にしてしまった。

でも、カレンからの返しは少し予想外で

「……少し不満ですが……そうかもしれませんね」

なんて肯定の言葉が返ってきた。

ただ、不満だと言うようにその表情は憮然としたものだったが……

そこでまた、士郎からかける言葉が無くなる。

「ねぇ……」

また会話が途切れるかと思ったところで、カレンの声がかけられる。

「貴方はそう思っているんですか?」

「え……、何が?」

「この街で起こることは面白くない?日常は、つまらない?」

その言葉に衛宮士郎は、一瞬、言葉を失って

そして、思い返す。

衛宮士郎と共に在る人々を

日常を彩る人々を

それらによって作られる、日常そのものを―――

「いや……大変な時もあるかもしれないけど、面白くないなんてことはない」

はっきりとした、その言葉

「そうですか」

カレンはその言葉に、満足そうに微笑んだ。

「貴方ほど、幸せに生きれない人がそう感じた日常ことなら…私も、きっと貴方の期待に副えることができるでしょう」

その言葉と共にカレンはベンチから腰を上げる。

そして、士郎の前に立ち、手を差し伸べた。

「そろそろ、行きましょう。衛宮士郎」

手を差し伸べて、微笑む彼女が、何か特別なものに思えて、士郎は吸い寄せられるようにその手を取った。

立ち上がって、二人で歩き出す。

士郎は伝わってくる手の平の感触に不思議なものを感じていた。

―――これは、懐かしいとでもいうのだろうか?

でも、衛宮士郎にとっては、そんな感情の不思議よりも、今は優先すべきことがあった。

「これから、案内しようか?」

士郎の言葉に、カレンの視線が彼に向く。

「街」

士郎もカレンを見て、何気ないことの様にそう言った。

カレンはその言葉に驚いたような表情を見せると

「せっかくですが、ご遠慮します。今日はもういろいろ見れましたし」

「そうか……」

「不満ですか?」

「そんなことないさ、アンタがそれでいいなら、不満なんてない」

「ゆっくりと、色々な出来事で埋めていきますよ…あせってやることでも、意識してやることでもありませんし……」

「そうか…そうかもしれないな、確かに」

「さしあたって、貴方のことを知ろうかと……」

微笑むカレン

「え……?」

「夕食の準備も見せてもらってよろしいですか?」

『屋敷でのことも、私の知らない、この街の一つですから』と自然な微笑のままカレンは言った。

その言葉に、士郎は一瞬言葉を失って

「……ああ、その程度でよければいくらでも見せてやるよ」

カレンの微笑に返すような表情で、はっきりとそう言った。

そんなやり取りをしながら、二人は帰路につく。

空は変わらず、美しく世界を包む蒼天だった。







と、まぁその蒼天のような気持ちで一日を終えられれば、衛宮士郎としては、満足だと…その時、意識はしなかったがそんな気分だったのだが

そうはいかないのがこの男の宿命らしい。







「……」

「……」

「……」

衛宮家の居間、部活から帰ってきた桜と士郎とカレンがそこにいた。

カレンはまったく動じた様子も無く座っていたが

士郎は何かに恐れる様に冷や汗を流し

桜は、そんな士郎とカレンを拗ねるように睨み付けていた。

……何故そんなことになっているかというと

「なぁ、カレン…何度も言うけど…そろそろ手を離してくれないか…?」

士郎とカレンの手がテーブルの影で重ねられ、繋がれたままだということが、その理由の全てである。

「そうですか」

同じことを何度言っても、無言を貫いていたカレンが口を開く。

「では、あそこに行ったら離しましょう…刃物を扱っているときに身を重ねていては、さすがに、危ないですし……」

手も確かに身の一部だが、聞き様によっては、不穏な言葉、それに、桜の表情が引き攣る

しかし、それを意にも介してないような様子のカレンの視線の先には衛宮家キッチン

「そろそろ、夕食の準備をする時間でしょう?私に、この国の料理を教えてくださるのですよね」

歌うようなその声で、楽しそうにカレンは言う。

士郎はそれを聞いて、心の中で叫ぶ。

『待て、なんでそんなことになっている!?』と

でも、その一瞬後、夕食の準備を見せるということはそういうことなのかも…とも思い直す。

そんな士郎の心情など知らぬとでも言いたげに、カレンは繋いだ手で士郎をキッチンへと引っぱって行く。

「私に出来ることがあったら、お手伝いしますよ。衛宮士郎」

柔らかいカレンの言葉

「……」

それに反比例するかのごとく背後の視線が鋭さを増す。

視線は語る。

『ずいぶん親しげですね。先輩』と

『今日カレンさんと何をして、何があったんですか?』と

『家事で先輩を助けるのは私の役目なのに』と

桜の想いは士郎には届かない。

ただ、その視線に士郎の神経は確実に削られる。

しかし、士郎は忘れている。

これは桜一人のプレッシャーだということ

今、この時、バゼットと共に凛が衛宮家の門をくぐろうとしていた。







―――『日常』という名の衛宮士郎の受難はまだ終わらない。







それでも、衛宮士郎はカレンの望みに付き合うだろう。

そんな士郎を見てカレンは

自ら望んだことが発端と自覚しつつも

「やはり、貴方は私のことは言えないと思います」

と、呆れたようにのたまった。







―――こんな日常だけど、存分に知り楽しもう。

忘れてしまった約束の通りに―――。



あとがき



これだけのものを書くだけでどれだけの時間を使っているのでしょう。僕は……(汗)

『TYPE−MOON』新作『Fate/hollow ataraxia』ヒロイン、カレンのSSです。

……SS自体はどうにも内容がとっちらかってる感がありますが……

とりあえず、私は彼女が気に入りました(何


今回、変えた背景の壁紙は『Humming Cat』様から使用させていただきました。

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