2月14日

バレンタインデー

極東の島国において、女性が男性に想いを告げるこの日

衛宮士郎はいつもより、少し晴れ晴れとした気持ちで、鍵を開け自宅の敷居を跨いだ。

特に、予定外の本命チョコをもらったというわけではない。

今日、彼がもらったチョコレートは現時刻を持って二個

朝、桜にもらったチョコレートと学校で『義理です』と言って渡されたチョコレートである。

ちなみに、彼が少し浮かれていることと何の関わりもないのではあるが、これを彼は二つとも義理チョコだと思っていたりする。

話を戻そう。

彼が浮かれている理由は、実は学校で渡された義理チョコにあった。

義理で浮かれるなかれと思う方もいるかもしれないが、彼の場合少し事情が違う。

と言っても、彼がそのチョコを渡してくれた女子に恋心を抱いているのかというとそれも外れである。

ただ、彼女がチョコを渡したその理由と、その時の笑顔が嬉しかった。

チョコの主は、陸上部のマネージャーで三枝由紀香という、陸上部でも人気の高い少女だ。

彼女が言うには、士郎が今持っているチョコは、陸上部の備品を直してくれたお礼だと言う話だった。

ちなみに、それを聞いたとき士郎は本当に驚いた。

暇さえあれば、何か人の役にたとうとしている士郎のことだから、彼女の言うように陸上部の備品の具合を見たことは確かに何度かあった。

しかし、士郎自身、そんなことでお礼をされるなんて、思っていなかった。

だからはじめは戸惑って、お礼がほしいとかそんなことでやったんじゃないからと、断ろうかとすら思った。

でも、

『あの時、ありがとうございました。衛宮君』

そう言って笑う彼女を見ていたら、何も言えなくて

それどころか、何故かこっちまで嬉しい気持ちになって、自然にチョコを受け取っていた。

士郎はその時、三枝由紀香は癒し系だと、いつか廊下で名も知らない誰かが言っていた言葉を思い出していた。

確かにそうだ。

この笑顔は、こっちにまで移ってしまう。

そのチョコレートを受け取った時、士郎の心は何か嬉しくて、穏やかだった。

それが、彼女の優しさで、暖かさなのかもしれないと

よく知りもしない目の前の少女のことをふと、思った。







その時のことを思い出して、また笑みがこぼれるのを士郎は自覚した。

そんなことを考えながら、居間に行き、荷物を床に置く。

鍵がかかっていた時点でわかっていたが、人の気配はしない。

家事をやるのもいいが、その前にせっかくもらったチョコを食べようと思い立ち

お茶を淹れるため、腰を上げようとする。

「こんにちは、衛宮士郎」

その時、庭から聞こえるはずのない

しかし、やってきてほしくないタイミングでやってくるというはた迷惑な特性を考えればひどく納得な

極上にストレンジャーな女の、鈴のような声に衛宮士郎は固まった。







Crazy kiss







「はい」

ストレンジャー、カレンに自分のぶんと共にお茶を出す。

カレンには、お茶と合わせて煎餅やクッキー等、お菓子の盛り合わせを皿の上に出して渡す。

「ありがとうございます」

「どういたしまして…そんなことよりも何でいきなり訪ねてきたんだよ?」

「いえ、食料などの調達に出たのですが」

そう言うカレンの脇には買い物したと思われる物が入った買い物袋

「途中で疲れてしまいまして…もしよろしければ、こちらで休めないかと立ち寄ったのです」

「ふーん…それはタイミングよかったな、もう少し遅かったら鍵がかかってたぜ」

そんな会話をしながら、士郎はカバンからチョコを取り出す。

「?貴方はこちらの物を食べないのですか」

カレンはそう言って、自分の目の前にあるお菓子の盛り合わせを指差す。

「ああ、元々こっちのチョコレートを食べようと思って、お茶を淹れるつもりだったんだ」

「チョコレートですか。何か、綺麗にラッピングされていますが」

「今日はバレンタインだからな」

「バレンタイン…ですか」

少し、怪訝な表情をするカレン

「うん、と言っても義理チョコだけどな」

「義理チョコ?すいません、それは普通のものと違うのですか?」

「ああ…というか、カレン…もしかしてバレンタイン知らないのか?」

「ええ、こちらに来てから名前ぐらいは聞いているのですが…俗世には縁遠い生活をしていたもので」

手を胸の前で組み、静かにそう言うカレン

「そうか…義理チョコって言うのはさ……」

士郎はそう言って、この国でのバレンタインというイベントの概要や義理チョコなどの事柄、果てはホワイトデーのことまでカレンに教えていく。

「……なるほど、それがバレンタインというイベントなのですね……。それで、それは貴方がもらったチョコというわけですね」

「さっきも言ったけど、義理だけどな」

「貴方がもらったのはそれだけですか?」

「いや、朝、桜にもらったのがもう一個あるよ。そっちは朝、出るときに部屋に置いてきたんで、そこにある」

士郎はそう言って『桜もまめだよな』なんて笑う。

そんな、士郎を見て、彼がそれも彼の言う『義理チョコ』だと思ってると察して

半眼で士郎を見つめた。

「ん?どうかしたのか。カレン」

「いえ、たいしたことではありません。ただ間桐先輩も報われないなと……」

「桜?桜がどうかしたのか」

「貴方には、分からないでしょうね……この愚鈍」

「……?悪い、最後のほうよく聞こえなかったんだが……」

「気にしないでください。たいしたことのない独り言で、本音ですから」

「?」

士郎は、その不可解な台詞まわしに怪訝な顔をしながらもそれ以上追求しなかった。







カレンは、お茶をすすりながら横目でチョコを食べている士郎を見る。

彼は、丁寧に解いたラッピングの中から星型の小さなチョコをつまんで食べていた。

ラッピングの中には星型の他にひし形や三角、台形等、さまざまな形の一口サイズのチョコレートがあった。

それぞれのチョコレートにはココアパウダーらしきものがかかっている。

「貴方の話だとそれは『義理』という話でしたが」

ぼそりと、呟くカレン

「ああ、なんか『お礼』だって、くれたんだ」

「私は、チョコレートというものをよく知りませんが、これと比べるとそれはずいぶんと手が込んでいるように見えますね」

皿の中の菓子の中にある、200円の袋入りサイコロチョコを一つとってカレンは言う。

「うん、確かに…こんなものをもらうことになるようなことをやった覚えはないんだけど……」

バレンタインの時期に出回っている、チョコレートについては士郎も詳しくない。

ただ、今食べているそれが、普段見るような100円や200円のチョコでないことは士郎も察しがついた。

バレンタインとは義理でもこんなチョコレートを渡すのだろうか。

しかし、それが一般的かどうか、士郎には分らなかったが、このチョコを渡してくれた陸上部のマネージャーの少女のことを思うと、何故か納得できた。

彼女とは、あまり話した覚えもない程度の間柄であることは間違いない。

それでも、彼女ならただの義理チョコに力を入れてもおかしくないんじゃないか、なんて彼女の微笑みと共に、そんなことを自然と思って、苦笑する。

そして、呟く。

「……『お礼』や『感謝』なんて言うなら、俺なんかより、三枝さんみたいな人のの方がされるべきだし、される人も多いんだろうけど……」

そう言って、士郎は三枝さんからもらったチョコ、最後の一個を口に入れ、しっかりと咀嚼し、味わう。

その言葉で、カレンはその琥珀色の瞳を細く、鋭くさせる。

見えていないようでいて、多くを見通すその瞳で、衛宮士郎が無意識に何を考えているか察したから

呆れたように、とっくに知っていたことをまた思う。

この人は、なんて『私好み』なんだろうと―――。

カレン・オルテンシアの中の、彼を想う気持ちが頭をもたげる。

ただし、それは…今、士郎の手元にあったチョコレートの主のような、穏やかで純粋で綺麗なものではなく。

押し付けがましい上に、彼の傷を突きつける、捻じ曲がったものであった。

そして、それ故にカレン・オルテンシアにとって、それを行うことにためらいはない。

目の前にある、サイコロチョコを一つ取り

士郎にそっと近づく。

「衛宮士郎」

彼の耳元で、囁いて…彼がこちらに向く一瞬で

「ん……」

その唇を奪った。

「んむっ!??」

突然のことに士郎は、目を見開いた。

状況の処理が追いつかず、何が起こっているのか分からない。

ただ、すぐ近くに人の体温があって

唇に、何かの感触があって

口の中が甘かった。

ドロリとした感触が広がる。

その感触の正体とか、今の状況とか、察するのに、数秒の時を要した。

しかし『カレンに口づけされている』という状況理解そのものが、更なる混乱の種となる。

「〜〜〜〜っ!!?」

「ん…んっ……」

そんな士郎の心情などカレンは気にしない。

『口の中のモノ』をさらに流し込み、味合わせるように、舌を深く差し込む。

「うっ…くっ!?」

さらに、口の中に甘みが広がる。

「……!?」

その甘みが、長年培った士郎の料理人としての舌が、先ほど『察した』モノを『確信』に変える。

口づけと共に、口内にまとわりつくチョコレートの味を士郎ははっきりと感じた。

差し込まれることによって、互いの舌が触れる。

「っ!!?」

ゾクリと、悪寒にも快感にも似た痺れが士郎の背に奔った。

身体全ての、命令がその痺れにかき消されて、動けなくなる。

その一瞬、フッ…と唇の感触が稀薄になり、間近の熱がわずかに遠ざかる。

士郎の瞳に、怪しく微笑むカレンが映った。

「なに……するんだ……?」

まだ、混乱の残っている頭で、何とかそんな言葉を絞り出す。

「私も、貴方に、感謝の意を示したいと思ったのです」

「感謝の意って……」

士郎の目がチラリとテーブルの上の皿の中、家にあったサイコロチョコに向く。

「カレンに感謝されるようなこと…って」

言葉の途中で、カレンが近づき、その言葉を遮るようにもう一度カレンの唇が士郎の唇に触れた。

先ほどと違い、本当に触れるだけの、一瞬のキス

しかし、言葉を遮るにはそれで十分だった。

「ちなみに、この『感謝』は半ば、押し売りのようなものですから、受け取り拒否は却下します。諦めておとなしく受け取ってください」

「そ…そんな感謝あるのか?」

「あるんです。少なくとも貴方にはね、衛宮士郎…それを、知ってください」

そう言いながら、カレンは手に新しいチョコを取る。

「まだまだありますから…全部受け取っていただきます」

チョコがカレンの口に含まれるとほぼ同時に、カレンは士郎に近づき、顔を白い両手で挟む込むと、奪うように再度、唇を重ねた。

「ん……っ……」

押し返し、拒絶するように動こうとする、士郎の手

しかし、カレンはそんなことなど見透かしていたかのように、士郎を挟み込む手に力を込めて

唇だけ触れ合っていた身体を、さらに深く近づけて密着させる。

そして、彼の快感を刺激するように、熱い息を優しく吹き込む。

「んぁっ……!?」

喘ぐような音が、士郎の塞がれているはずの唇から漏れる。

その声に、カレンは高揚する。

唇を合わせていなければ、唇は笑っていただろうと、その高揚で自覚した。

もっと啼いてと、言うように唇を深く合わせる。

その様は、カレンの唇が士郎に食べられているかのように見えた。

チョコを噛み砕き、舐め溶かし、送り込む。

そのたびに、歯が触れて、唇が擦れて、舌が差し込まれ、蠢いた。

いつしか、カレンが士郎を押し倒しているような体勢なっていた。

互いの身体は胸が触れるほどに密着して、カソック越しにカレンの乳房の感触が士郎の胸板に伝わる。

それは、口づけによって互いの唇が、舌が、口内が擦れるたびにそこも蠢き、触れ、形を変え、さらに感触を伝える。

「うあっ!?」

唇と身体の感触が、堪らなく心地良い

その心地良さに、士郎はまた呻く。

その呻きの間にも、カレンの舌は甘いチョコを舐り、それを舌に乗せて士郎の舌は勿論、歯や歯茎まで突付く。

その度に、士郎の身体に力が入り、震える。

しかし、その度に、力は少しずつ小さくなっていく。

抵抗するようにカレンの身体を押し返していた両手が、下がっていき

チョコが完全に液状になり、唾液と混ざるころには、カレンの身体の感触に崩れそうになる身体を支えるように後ろに回っていた。

「……ふふ、イイ声で啼くのですね。士郎」

わずかに、唇を離して囁かれる、鈴のような、澄んだ声

しかし、それによってかかる息には、熱があって

その熱に、侵されるように霞がかった意識で、ボンヤリとカレンを見返す。

『やめろ』と言いたいのに、その言葉が何故か出てこない。

「顔も真っ赤……ほら、首まで紅い……」

怪しげな、しかし甘美な微笑を湛えて、白い手が士郎の首元を撫でた。

「うあっ……や、やめ……」

一拍遅れて、出ようとする拒絶の言葉

「やめて、と言いたいのですか?」

その言葉に聞き返し、カレンは逆にさらに互いの身体を近づける。

「こんなに簡単に、貴方に触れられる……もう、懇願しないと私を拒絶することもできないのですね」

嬉しそうに、恍惚として、カレンは言う。

胸まで、重なっていた身体は、互いの足まで絡まり、士郎の身体は、力を失って、完全に横になっていた。

チョコはもう、完全に解けて消えていた。

それでも、味を擦り付けるように、カレンの舌が士郎のソレを擦る。

甘い液体の代わりに、カレンの唾液が士郎の口内を蹂躙する。

「…っ?…っ!?…っっ!!?」

甘くなどないはずのソレは、拒絶していたはずの彼女の唇と、身体の柔らかさ

そして、ソレを行う彼女の、衛宮士郎が感じる淫靡さに、侵され、呆けた今の身体には、先ほどまで注がれていた液体以上の、極上の甘露に思えた。

士郎の動きが変わる。

カレンの、唇、舌、唾液、そして、その身体

彼女のあらゆるものから、まがりなりにも逃れようとしていた、その身体が

ゆっくりと、しかし確実に

彼女の動きに応えるように動き始めた。

「……ん…ふっ……んん……」

カレンはその動きを敏感に感じ取る。

そして、同時に自覚する。

彼のほんのわずかな動きが分かるほどに

その内心が読み取れるほどに

自身の身体も、彼との口づけ、そして身体を重ね合わせることに昂ぶっているということを

「ん…ふ……」

ゆっくりと舌を下げていく。

唇が離れようとする。

それを引き止める気持ちをわずかに表すように、引こうとする舌先が別の舌先にコツコツと突付かれる。

「ふふ……」

突付かれるのを待っているかのように、その動きに合わせて、逃げるように舌が引かれる。

長い時をかけて、互いの唇と舌が離れる。

士郎が、気づいているのかいないのか、彼からは熱を帯びた息が漏れていた。

そんな士郎を見返して、カレンは薄く笑う。

そうする彼女の頬も上気している。

「心配しなくても…まだいっぱいありますよ……」

そう言うカレンの左手は、テーブルに伸び、右手は士郎の胸板を這う。

ある時は、指先で首筋を撫で、ある時は手のひらが胸板に体温を分ける。

そうして活発に士郎の身体の上を踊る右手と違い、左手は新しいチョコを取り、宙で止まっていた。

先ほどまでと違い、チョコも含まず、唇だけが士郎のソレに近づく。

しかし、その唇も、すぐ前の唇に触れることはない。

焦らす様に、ユラユラと触れるか触れないかの距離を彷徨っていた。

士郎はたまったものではない。

確かに、口づけの感触はない。

しかし、いつもは白い肌で、色がないような彼女の肌が紅く染まっている。

その微笑と同じ、妖しく、甘い香りが漂ってくる。

触れていないのは、唇から上だけで、胸は触れ合っている。

足は絡まっている。

彼女の熱が伝わってくる。

柔らかさが伝わってくる。

とっくに茹だっていたはずの頭がさらに熱を持つ

それは沸騰と言える、瞬間的な温度上昇

血管が熱で切れるかのように、士郎の中の『何か』がキレタ。

「んっ、ふっ……ん……」

上体をわずかに起こし、士郎の唇からカレンの唇に重なる。

カレンの唇から音が漏れる。

しかし、それは不意打ちをされたわりにはおちついていて

驚き、逃げるどころか士郎の唇の攻めを受け止めるように、ゆっくりと目を閉じた。

カレンの左手から、掴まれていたチョコがゆっくりと床に落ちた。

「んっ…んっ…か、れん……」

吸い付く士郎の唇

カレンは、その感触をしっかりと感じながら、その吸い付く唇の裏を舌で撫でる。

ただ単純に吸い付く力に応えるのではなく、一定の距離から士郎の口内を刺激する。

士郎は、その距離を無意識に、しかし懸命に縮めようとする。

しかし、唇の触れ合う深さは変わらない。

だが、彼の動きが合図のように、唇以外の場所の距離が、さらに縮まる。

士郎の、胸板に触れていた乳房は、押し付けるほどに、はっきりと上に乗せられ

グニャリと、しっかり楕円に形を変えていた。

絡まっていた足は、太ももまで密着し、互いが互いを絡め取る。

その様は『離れない』と言っている様だった。

それとは裏腹に、カレンの唇は離れる。

妖しい微笑をそのままに

「せっかちですね……その口づけに何の意味もないですよ……?」

そう言って、床に転がっているチョコレートに手を伸ばす。

その、白く細い手を、士郎の手が掴んだ。

「えっ!?」

カレンが、少し驚いた声をあげる。

「本当に、意味がないと思ってるか?」

熱の冷め遣らぬ声で、そう聞く。

悪戯をするように口付けて、誘うように微笑んで、君自身、そんなものが無ければ意味が無いと思っているのかとその瞳は問う。

本当に、意味が無いのは今、君が拾おうとしているものではないかとその瞳は問う。

その問いかけに、カレンは驚きをさらに深め、それより後、それを微笑に変える。

「もう、これは食べないのですか?」

指先で床のチョコを手繰り拾い、問いかける。

「それはもういらない」

それだけを答える。

そして、ダラリと…四肢と同じく力の入っていなかった腕…その右の腕にわずかに力が入る。

その腕は、手のひらごとカレンに伸びて、彼女の唇を撫でた。

たとえそれが、彼女の誘いに乗ることだとしても

悪戯じみた魅了に負けたと、認めることだとしても

衛宮士郎はそれを求めた。

一方カレンは、その唇を撫でる指の感触に、紅潮していた頬の色をさらに深くして、心底嬉しく微笑んだ。

悪戯も限界だった。

彼女は思う。

彼には、けして言わないけれど

けしてそぶりを見せないけれど

口付けに、感触に、存在に

魅了されたのは、どちらだろうと

もし、こちらだとしたらそれは、なんと間抜けなことだろうと

でも、もうそれすらもどうでもよくて

イベントなんて関係ない口付けは、どちらともなく、求め合い…どちらともなく重ねられた―――

「んっ……ん、んぅ…はぁ…っ……」

声が重なって、唇から漏れる、息のような声が、もはやどちらのものか分らない。

相手を求めすぎて

身体と身体が近づきすぎて

身体を支配する熱が熱すぎて

自分の身体の感覚より、互いに相手の身体の感触の方がはっきりと伝わる。

「ん…っ、しろ、う……っ」

「か…れ、ん……」

それでも、まだ足りないと…胸を、腰を、足を擦り合わせながら、唇を貪り合う。

唇を擦り、咥え込み、舌を絡ませ、歯茎を突付き

これ以上ないほどに、多彩に互いの口内を味わい、それでも足りぬと唇はさらに交わり、舌は奥へと進み、喉は互いの唾液を咀嚼しあう。

息をしているはずなのに、いつ息をしたか分からないほどに絶え間なく口付けを繰り返す。

カレンは両腕でしっかりと士郎を抱きしめて

士郎は右腕でカレンの背を抱き、左腕で彼女の銀の髪を梳きながら

時も忘れて、ただ互いの存在を、暖かさを感じあった。







ただ、二人がいくら時を忘れていると言っても、時は全てのものに等しく作用している。

そして、衛宮の屋敷は本来住んでいる人間こそ実は少ないが、頻繁に人が訪れる場所である。

ましてやバレンタインというこの日、この屋敷に来客が多いのは、家主は気づいていないが、必然である。

「ふぅ……はぁ……」

今、屋敷の前で何度も熟考し、深呼吸までして、玄関を開けた少女もその一人

彼女の名は遠坂凛

『赤い悪魔』などという普段の呼称にふさわしくない緊張をしているのは、当然バレンタインという、今日のイベントが関係している。

学生としても、魔術師としても、優秀な彼女ではあるが

こういった、イベントにはまったく不慣れなのであった!!

「…え…衛宮君……い、るっ!??

しかし、そんな緊張は居間に足を踏み入れた瞬間に吹き飛んでしまった。

「ん、ふぅ……はぁ……」

「ん、んっ……ん……」

辺りに響く、くぐもった声

聡明な彼女が、状況を理解するのに、数秒を要した。

「し、ろう…シロウ……ん、んっ……」

白い女が、用のあったはずの少年の名を呼ぶ。

凛はその言葉に、何か覚めたように震え

「な…!!?なにやってんのよーーーっ!!!あんた達はーーーーーーっ!!!!」

屋敷全体に響き渡る、空気が震えるのが感じられるような絶叫がその声帯から発せられた。

「!!!??」

「……?」

さすがに気づき、唇を離す二人

士郎は弾かれるように、横を向き

カレンは、煩わしそうに緩慢に顔を上げた。

そこには、腕を魔術回路で不気味に光らせた、紛れもない悪魔がそこにいた―――。

士郎は、いきなり怒りのギアがトップに入った赤い悪魔の登場に、理解が追いつかない。

しかし、本能と経験で理解する。

事ここにいたっては、逃げの一手しかないと―――

一方、カレンは冷静に現状を理解する。

それでも、行き着く思考は、士郎と同じだった。

ここまで、頭に血が上った彼女に何を言ったところで、あしらう、抑えるといった類の結果を引き出すことは不可能

むしろ、彼女の武力行使を早める結果にしかならない。

そして、カレン・オルテンシアには、彼女に対抗しうる武力はない。

凛の呪いの指先が二人に向くのと、カレンの紅い聖骸布が士郎に巻き付くのは同時だった。

呪い―――ガンドが二人がいた場所を撃ち抜く。

一瞬早く、カレンが立ち上がり、聖骸布ごと士郎を引き寄せてその場を跳躍する。

二人同時に動かなければ、逃げ切れなかった局面を、それでクリアする。

しかし、その一瞬はどうにかなっても、カレンの身体能力では凛から逃げることはできない。

「カレン!解け!!」

跳躍し、空中にいる一瞬で、カレンは言われるまでもなく『聖骸布を前に引っ張って』士郎の戒めを解く

それによって、地に足をつけて自由になった士郎は、跳躍によって前に行くカレンの身体を両の腕で足と背を下から支えて士郎は抱きとめる。

この切迫した状況では士郎の頭にそんな意識は微塵もないが、所謂『お姫様抱っこ』である。

その体勢に追撃者の怒りのボルテージはさらに上がる。

「とまれっ!そこの朴念と性悪シスターっ!!」

抱きかかえる一瞬、止まった士郎の背にガンドが放たれる。

「その言葉は聞けません。申し訳ありません遠坂先輩」

言葉だけは丁寧に、響きは不敵なその言葉と共に放たれた聖骸布が、士郎の背を守護し、呪いの弾丸を包み込み拒絶する。

「―――っ!?」

必殺と思っていた一撃を意外な方法で防御され、凛の動きがコンマ秒単位で停止する。

士郎は、その機に走り出す。

後ろからは、絶え間ない怒りの絶叫

目標をとめるための弾丸

「…っ!!」

しかし、それらが彼に、呼吸も思考も忘れさせ、ありえない挙動、回避、疾走を可能とする。

そんな彼の腕の中にいる修道女は、彼に振り落とされないように、彼の逃走を妨げないように、彼の首に手を回ししがみつく。

そして、耳元で彼に聞く。

「どこに逃げましょうか?」

力の全てを逃走に使っているはずの彼に、その声は何故かはっきりと届いた。

確かに、教会などでは、一時逃げ切ったとしてもすぐ足がついてしまうだろう。

しかし、声は聞こえても思考はまわらない。

「悪い、この場を切り抜けてから考えよう」

だから、そう答える。

「分かりました」

問うた者も、それだけ言って、何故か楽しそうに笑った。

「この場を逃げることができたなら、貴方にまた『感謝』しなくてはいけませんね」

必至な彼が、気づかない小声でカレンは呟いた。







逃走劇は始まったばかりである。

しかし、カレンは士郎の腕の中で

何故か、根拠もなく逃げられるような気がして、安らいでいた。

そして、楽しみでもあった。

押し付けないと受け取らない、認めない、慎み深い困った人に、無理やり受け取らせて教える『感謝』で彼が今度はどうなるかが―――







そんなこんなで、騒がしくバレンタインは過ぎていく。

あと余談だが、この14日におけるごたごたのために、士郎の自室においてあった一つのチョコレートは14日中に彼に食されなかったという。







あとがき


半月遅れのバレンタインSS…こんなタイミングで書く人は他にいないでしょうね。(汗)

内容としては、非18禁サーバーで艶っぽい表現をしてみようがコンセプトでした。

このコンセプトから…実のところ、初期はいきなり居間のシーンから始まる予定だったんですが…なんで三枝さんがでてるんでしょうか。(苦笑)

まぁ、理由としては、僕が三枝さんを好きなことと、カレンとはまた別の清廉でまっすぐで優しい『感謝』ができる人間を僕が思い浮かべたとき

三枝さんをパッとイメージしたのが原因かと…士郎君は、幅広く人に『感謝』されるようなことをやっているのです。

あと、桜が不遇な扱いですいません。

桜は好きなんですが…なんでこんなことになるかなぁ…(笑)


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